モーニング娘。6期最強伝説の歴史
まえがき

 モーニング娘。の歴史を追う者は多い、愛する者も多い

 しかしそれも5期までで6期以降にどのようなドラマがあったのか知る者は少ないまま、6期の歴史は終わりを告げてしまった…。
 問題児やおまけ扱いをされ表舞台に立てずにいた6期の3人をテーマとし、当時の記事や資料から彼女たちの軌跡を6期が卒業する11/26に書き始める事にしてみた。記憶違いや誤字も有るかも知れないが、どうか最後までご覧頂ければ幸いだ。

 ※判りやすいようにメンバーは苗字表記、「娘。」は。の付かない「娘」を基本としてます。
 

第1章 モーニング娘結成までの歩み 前編

 スター誕生などのオーディション番組が終わってから12年。
 お笑い番組だった浅草橋ヤング洋品店に小室哲哉が参戦し、
夢のオーディション番組ASAYANと名前を変えた。
 dosや天方直実に鈴木亜美など、全くの素人や元々の実力者たちがスター階段を登りつめるその姿はスター誕生で中森明菜や山口百恵を応援していた世代をひきつけ、若者の間でASAYANオーディションに応募するのが一種のステータスとなった。

     

 小室哲哉が去った後、新たなプロデューサーとして選ばれたのが、当時この番組のエンディングを歌っていた「シャ乱Q」
 シングルベッドやズルイ女が大ヒットし、乗りに乗っていた所の「女性ロックヴォーカリストオーディション」に若者たちは夢中になり、1万人近い応募が殺到。
 合格者はたったの一名。視聴者は合格者「平家みちよ」の今後を見守り続ける・・・。はずだったが、本当に注目されたのは
オーディションに落選した5人の少女たちだった。

    
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 中澤・飯田・安倍・福田・石黒。年代も性格もバラバラな少女達は選考の時点で人気が高く、特に安倍はデビューすらしていない段階で固定ファンが付いた。
 ロックバンドとしては難しいが、アイドル路線なら十分にやっていけるのでは?
 視聴者の声を受け、メヌードを手本とした「次々に加入と卒業を繰り返すアイドル」という奇抜な構成のユニットが考案され、森高千里などを手掛けてきたアップフロントの山崎氏・吉本興行・電通を含めた3社が集まり
アイドルグループ「モーニング娘。」が結成された。
 まさかの五日間五万枚達成という嬉しい誤算もあったが、テレビ局や事務所は変化し続けるモーニング娘を大歓迎で迎え入れた。

     

 結成当時から福田はダウンタウンに、飯田はとんねるずの石橋に好かれ大御所芸能人の反応も良く、時代もカセットテープから8cmCDの時代に変化しCDの需要が高まった事にも助けられ、和製メヌードグループ「モーニング娘」は、
国民的アイドルへと成長を遂げた。
 3期メンバー後藤の加入でグループ初のミリオンセールを記録し、バラエティーに特化したキャラクターの濃い「石川・吉澤・辻・加護」の4期メンバーが加入した頃には冠番組も増え、やがては生まれ故郷のASAYANからも巣立った。

  

 そんな中に生まれたユニットが
アップフロントとアイドル界の歴史を大きく変えた。
 ハロモニ出身のユニット、身長150cm以下の小さな女の子だけのアイドル「ミニモニ。」矢口、辻、加護の背の低い三人で誕生したユニットは、矢口がつんくに企画を持ち掛けてスタートする。

   

 発売した
「ミニモニ。ジャンケンぴょん!」は低年齢層向けのソングにして76万枚という大ヒットを記録。
 テレビを見ながら幼稚園の子供たちはミニモニの踊りを踊り出し、おはスタでアニメは開始となり、ミニモニ効果でなかよしにモーニング娘の歴史が漫画連載され、それまで青年の物だった娘達は子供の憧れとなった。

     中古 娘。物語(1) / 神崎裕

 キャラクター関連グッズは
売上600億円を超え、たった一本のゲームですら100万本の売り上げを誇り、コンサート会場には子供や保護者も顔を見せ始め協賛企業は増え続けた。


  第1章 モーニング娘結成までの歩み 後編



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