小説版「タタリガミのミカ」

その3

中古同人ノベルソフト タタリガミのミカ

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詳細
 2003年小説版作成。
当時のままのため誤字訂正等はありません。


 ミカとあやつりのキサキに繋がる物語です。


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 永遠の処女神外伝シリーズ2 神に手向ける小さき指輪

 とある学者はこう言った。
 今と言うものは何だ? 考えられるものは三つある。
「一つは夢の世界、今は夢の中。
 二つ目は今は時間で動いている。
でもそれは、太陽の運動から生まれた産物で、不確かなもの。
今とは去り逝くもの。
 三つ目は操られた世界。
今とは別の世界が作ったもの」

 それ以外の答えを求めようとしても、頭の中にちらほらと単語が浮かぶばかりで答えはない。
 四つ目の答えを知りたきゃ、カミサマにでも聞いてみな。
 遠くからの叫びを答える相手はいない。
 どこへ叫んでも、どこへ行っても、遠くて、遠くて、聞こえやしない。
 何を言おうとしても聞こえないんだから、神様に聞いてみな。
 意地悪な言葉だよ、”返る”のない。
 だが、この物語にはきちんとカミサマが存在している。
 どこが人で、どこがカミサマかなんて、私には分からない。
 何で統治しているのか、何で人を見ているのか。
 それが、知りたかったらページをめくってごらん。
 一つの答えと、一つの言葉が浮かんでくる。
 そう、それは永遠に。

 豪華なお城には、美しいお姫様が住んでいました。
 なんて、付けるより仕方ないほどの宮殿と呼べるこの城には、たしかに美しい女性が住んでいる。
 どこまでも高い天井と、熟練の職人達が生涯をかけて彫り上げたとしか思えない、美麗な装飾。
 目のくらむような宝石を埋め込んだ城の内部には、意外なほどに植物が植えられており、それを支えるための大量の水が場内を流れ出ていた。
 空気は澄んでおり、人々穏やか。
 そんな夢のような家に居るのにもかかわらず、彼女はそれに負けない存在感と美しさを誇っていた。
 腰までの茶色の髪と透き通る茶の瞳。
 緩やかなラインには白いロングドレスを付け、上にはガウンを着る。
 少々背丈に欠けるのが難点だが、それぐらいで美しさが損なわれはしない。
 そして、あごに手を当てながら紅茶の一杯でも飲んでうたた寝をする、これが基本スタイル。
 彼女、つまりはこの城の主アンジェリナだった。
 一般的には、神と呼ばれている彼女ではあるが、本人にその自覚はない。
 あの世でカミサマと呼ばれている。
 だからといって、絶対的とか不可侵なんてわけもない。
 簡単に言ってしまえば、統治している人間だというだけで、凡人に近いのだ。
 多少、能力に差があれどもただの女の子。
 ただ、カミサマと呼ばれている人々の生き残りだというだけ。
 何をしているかと言えば、お茶を飲みながらうつらうつらとしているだけが日課である。
    とはいえ、今回だけは特別だった。
「アンジェリナ、あっちへ行ってて。ちっともお部屋の掃除が出来ない!」

 彼女の友人であり、侍女でもあるレミアが怒鳴り散らす。
 結わえられた長い黒髪に、枝毛でも出来そうな位のじめじめとした空気がこの部屋にはあった。
 言っても無駄と思ったレミアは、そのままジェリナの足元を拭き始める。
 生前は古代王朝の何不自由のない姫君だったレミアだが、死後は給金を貰って侍女としてこの神殿で働いていた。
 あの世、現界で暮らす人々は魂。
だが、彼らはきちんとした実体を持っている人間である。
 物を掴むことも出来れば、食事をすることも可能。
魂ではあるが生きている頃と変わりなかった。
 ただし、そこはあの世の世界。
レミアのように、神に忠義をつくして転生することを好まない者も居れば、ただ転生する日を寝て待つばかりの魂も居る。
 また、働くことによって業を少なくし、転生する時間を早めようとするものも居た。
 レミアと、そしてその兄はその中でも、転生を拒否して現界の住民として生活している珍しい兄妹だった。
 元王女だっただけの美しさと、気高さを誇っている彼女だったが、結構勝気なところと行動派すぎるところがうまい具合に、ジェリナの手綱を締めてくれている。
「うん」

 時間をかけて力なく、ジェリナがつぶやいた。
 だからといって、掃除の邪魔だからどくという考えは彼女にはなかった。
「ここ二、三日。
ずっと顎から手が離れないのね。
そんなに、緊張でもしているの? 兄様との婚礼に。
ま、明日が婚礼ともなればぐたぐだするわ」

 ジェリナはラーメンでもすするかのように、チュルチュルと紅茶を飲んだ。
 彼女なりの、うんという返事である。
 当日もバタバタ、前日もバタバタがイヤだと彼女はすべての準備を明日にしてしまった。
 今となっては「しまったー」である。
 全部自分のわがままが原因なのだが、結婚するということはパーティーだと勘違いしていた彼女も彼女である。
 とはいえ、ここはあの世。
 結婚どころか役所すらないため、システムが分からなくても無理は無かった。
 微かにため息を漏らしているジェリナを見て、レミアはくすっと笑いながらフキンとほうきを持って帰っていった。
 レミアが出て行くのをじとと見つめながら、ジェリナはだぁーと息を吐いた。
 侍女とご主人、姉と妹として話すのではワケが違う。
「あの子が私の妹に、私が姉に。
そして私はあの子の兄の妻となるわけだ」

   レミアの兄、シェリグリティ・イルヴァはジェリナの守り役を勤めている。
 言ってしまえば、護衛なのだが長年付き合っているうちにお互い好き合い始めてしまったのだ。
 妹のレミアが王族であるように、兄のシェリグリティも王族。
 それも、彼は国王だったお人柄であるからして、立場から言えば、あの世を統率しているジェリナとスケールは違っていても暮らしはそんなに変わりはしなかった。
話が合うのも当然。
知り合って数年で、彼らはあの世でも異例の結婚をすることになった。
 といっても、形だけのもので、実際に夫婦生活がどうのこうのとか、戸籍がどうのこうのということはない。
 神と婚礼。
なんて、石でも飛んできそうな話だが、統率しているジェリナ自身がそれで良いと言っているのだから誰も文句をいうものは居ない。
 また、シェリグリティ自身も過去に善政を敷いていてだけあって、住民の人気も高かった。
 ようするに、二人がかまわなければ現界の住民に文句は無かったのである。
「結婚かぁ・・・・」

 天蓋付きのベットに飛び乗って、寝転ぶジェリナ。
 もはやそこに、威厳のあるカミサマとしての自分は無かった。
 ただ、婚前で浮かれてたるんだ一人の少女がそこに居た。
 今まで、シェリグリティという男性が現れるまでジェリナの中に恋愛というものは無かった。
 日々生きているだけ。
 どこかうつろで、気力を失いつつ。
 そこへ、恋という物がやって来てしまう。
 初めての感情に舞い上がり、そして戸惑う。
 何をするにも心臓が高鳴り、自然と身体が熱くなってしまう。
 どうしたらいんだろう。
と思っていたら結婚を申し込まれた。
「あなたと結婚したい」

 言い出したのは、シェリグリティの方だった。
 職務中。
しかも、大多数の人々に囲まれての発言。
   統治はしても、普通として扱われたい。
 そんなジェリナの考えにより、現界の職場は軽い場所だった。
 とはいえ、相手にしてみれば企業で言うとグループの取締役又は会長クラスである人間に、それも新人の端っこ会社の社員が結婚してくれと言っているようなものである。
 言う彼も彼。
さすが、元国王たいした度胸である。
「いいわよ」

 殺されるくらいの覚悟で言った、シェリグリティの言葉をあっさりとジェリナは承諾した。
 無論、さっき話した通り勘違いしていたのだ。
 結婚イコールその人とちょっと何かをする。
レベルの考え方、無知である。
 そして、そのままどうなったかといえば、 「ちょ、ちょっと。アンジェリナ! 兄様と結婚ってどういうこと?」

 当然の如く結婚の事実は肉親に伝わり、初耳だった(隠れて付き合ってたのだ)レミアは慌ててジェリナを問い詰める。
 へ?  「だって、結婚でしょ。
デートと変わらないんでしょ?」

 彼女は、あくまでマイペースを崩さなかった。
 すっかり落ち着きを払っているジェリナに、レミアは髪を振り乱しながら語りだす。
まさか、こうまで世間を知らないとは彼女も思っていなかったようだ。
「いい! 結婚するって、もう、あの、私達の家で言えば国家の結びつき。
私と誰かと結婚したとすれば、その誰かが住んでいる国と同盟を結ぶことさえたやすいくらいの事なのよ。
結婚した夫婦の家には繋がりが出来るわ。
私はその誰かさんの両親を親だと思わなくてはならないわ。
いえ、親になってしまうの。
知ってる?」

「全然」

 ああ。
とレミアは呻いた。
「つまり、結婚したらその人とずっと一緒。
死ぬまで一緒。
ここはあの世だから魂消えない限りずーっと一緒。
そして、私とジェリナは姉妹になり、私とジェリナの妹さんは姉妹になる」

「ファルとレミアが姉妹に。
それって、私の一族で言う血の絆と同じ・・・・」

「そういう事よ。
姉さん」

 顔面蒼白となったジェリナが壁に頭を打ちつけ始めるのには、そう時間がかからなかった。
 以上のことにより、結婚式は形だけ。
正式な夫婦ではない。
他にも制限有り。
などの条約が夫になるはずだった彼に課せられた。
 たいそう兄はご不満だったご様子で、城の隅っこで砂いじりをしている光景をレミアは何度も目撃する。
 ごめんよ、イルヴァとジェリナは心の内でつぶやくしかなかった。
  「結婚。
意味自体は、あまり分かっていないのだけど、それをあなたとしてもいいと私は思っている。
でもやっぱり、とりあえずにご不満?」

 式の一月前、地面とお友達をやっていたシェリグリティに、ジェリナは尋ねてみた。
「ええ」

 小さく笑って、シェリグリティは素直に答えた。
 オーケーはされたけれど、拒絶された。
 乙女心は複雑。
と言ってしまえば早いが、それで済ませられるくらいならプロポーズなどしない。
 ただ、自分の告白をきっかけに、二人の距離が近くなったのがせめてもの救いだった。
「レミアが言うにはね、イルヴァは、私と一緒に暮らしてご飯を一緒に食べたりしたかったそうだけど、今とそんなに変わらない気がするわ。
だって、今までずっとあなた達兄妹と過ごしてきたんだもの」

   「どうして、その辺りを分かってくれないのかな」

「分かんないわよ! どこが違うの?」

 シェリグリティは今後についてちょっと考えた。
 彼女が無垢なのは分かる。
 理解に時間がかかるのも分かる。
 だけどせめて、こっちの気持ちも少しは考えてもらいたい。
 なんて説明しようかと言葉を選んだが、やはり見当たらない。
   話そう、こうだ。
と思いつくものはどこか淫らなものばかりで、引っぱたかれて別れの予感を感じさせる言葉しか見つからなかった。
「どうしたの?」

 ジェリナは、説明の催促を求めてきた。
 彼はますます頭を抱える。
 瞬間。
右手が動き、ジェリナの顎を捕らえた。
 抵抗する暇も与えず、シェリグリティは彼女へと顔を近寄らせる。
 そして、触れたとたんに彼は平手を食らわせられた。
 ピシャリと良い音が響く。
「ご、ごめんなさい」

 顔を真っ赤に染め、ジェリナはぺたりと床についた。
 ちょっぴり。
涙がちょちょ切れそうになる。
「だから、レミアが居る時こんなこと出来ないでしょ?」

 とりあえず言ってみた。
 以前は蹴りが飛んできたのだから、かなりの進歩だろうか。
 しかし、手を貸そうとしたら振り払われた。
またもや、シェリグリティは深い悲しみに捕らわれる。
「し、式は今から一ヵ月後」

「は?」

「ドレスは当日まで着ない。
当日まで顔を合わせないようにする!」

「は?」

「守らなかったら、この話は無し」

 言うだけ言って、ジェリナは部屋へと帰ってしまった。
 一ヶ月間、ジェリナの顔を見るの禁止。
 それは彼にとってかなりの苦痛だったとだけ言っておこう。

 宵闇を裂き、深い闇達が辺りを支配する。
 ポワンと揺れ、舞い上がる。
 その小さな物体は何か囁くように身体を震わせ、そして縮ませる。
 夜が訪れていく。

「ファル」

 翌朝、ジェリナは自分の唯一の肉親であり、妹でもあるファルを尋ねた。
 彼女もジェリナと同じカミサマである。
 ただし、身体が生まれつき弱かったファルは、全権をジェリナに任せ姉の来訪を楽しみに待つだけの日々を過ごしている。
 一緒に住めば良いじゃないと、ジェリナは言うのだが姉の仕事を邪魔してはいけないとファルはやんわりと断りつづけていた。
「ようこそ、姉さま」

 寝台から、水の化身のような蒼い髪と瞳を持った少女が現れた。
 こんな綺麗な妹を外に出せないのが悔しいと、ジェリナはいつも思う。
 生まれてから、今までこの部屋から出たことは無いと聞く。
 私が変われるならと口にしても変えてはくれない。
「いつものグチ吐きってヤツ。
結婚前の女の子って、みんなこうなのかしら?  よく、分からないけど、いままでお世話になりましたという言葉を言う場所になってしまうのかしら?」

「結婚、結婚と噂になっているけれど、形だけだし、ほんとに夫婦になるってわけでもないのに、おかしな姉さま」

「ファルは気楽で良いわ。
当事者となる私の気持ちも考えてよ。
 だって、始めてのことだし」

「シェリグリティも、始めて。
ですよ、姉さま」

 婚約者の名前を出され、ジェリナは頬を赤く染めた。
 結婚までは、顔を合わせないようにする。
そう、決めたのはジェリナだったのだが、どうしても彼の名前を出されると恥ずかしさと嬉しさで胸が一杯になってしまう。
「ま、もうすぐ式も始まるわ。
ファルが出られないのは残念だけど、結果は報告するわよ。
もちろん、他の人々同伴で」

「騒がしくなりそうですね。
良いことです」

「騒がしいのが嬉しいってのも変ね。
さて、そろそろ行くわ」

「行ってらっしゃい」

 ジェリナの門出を見送ると、ファルは寝台に戻った。
 すると突然、体中に悪寒が走り、寝台からファルは崩れ落ちた。
「予兆? こ、これは・・」

 そして、ゆっくりと深い悲しみで胸が痛みはじめ、目からは大粒の涙があふれ出ていく。
 誰かを呼ぼうと手を伸ばすが、身体に疲労とも圧力とも言えない重みに自由を奪われ、混濁した意識の中、動きの取れない身体を引きずりながら、ファルは幾度も姉の名を呼びつづけた。
「もうすぐ結婚式の新郎にインタビューをします」

 突然眼前にレミアが現れ、剣の手入れをしていたシェリグリティは、驚いて後ろに倒れた。
「ちょっと、兄様! 大丈夫なの・・」

「レミアか」

 ちょっぴりヨロヨロしている身体を起こし、シェリグリティは服のほこりを払う。
婚前の人間とは思えないほど、彼は厳しい目をしていた。
「どう? ご気分の程は」

「上々と言いたいところだがね。
そんな楽でもないさ、やれやれこれが緊張だけだったら気楽に過ごせるのだがな」

「何か、あったの?」

「なんだか、空気がざわめいている。
私のよくない予感は当たるからね」

「不吉なこと言わないでよ! 今日は一番おめでたい日でしょ」

 シェリグリティは剣の手入れをやめ、額に手を置いてしばらくぼーっとしていた。
  「嬉しくないの?」

「それは、もちろん嬉しいよ。


「だったら、もっとしっかりしてよ。
兄様とジェリナが今日の主役なんだから、その一人がめげていたら、みんなもイヤな気分になるでしょ。
私はこれから、ジェリナにドレスを着せるんだから!」

 ふと、毎日毎日、刺繍に取りかかっていた妹の姿を思い出し、シェリグリティは素直にごめんと謝った。
 妹の苦労も兄の思案には、なかなか届かない。
「ほら、早く着替えてジェリナを待っていて。
兄様が驚くくらい飾り付けるつもりでいるのだから。
さ!」

「嫌がるだろうな。飾り付けに・・」

「文句なんて言わせません」

 レミアの押しに負け、シェリグリティは衣装部屋へと渋々移動を始めることにした。
 生まれた時から持っていた、愛用の剣を置いたまま。
 剣は主人の居ない壁際で、一人帰りを待ちわびていた。
   ゆっくりと近づいた闇は、神殿の陰に隠れる。
 辺りをじっくりと見回し、それらは低く笑った。
    「本当に、こんな服を着ないとダメなの?」

 式の当日、準備は万端。
までは良かったが、レミアの作ったドレスがまた彼女を悩ませた。
 ドレスは任せてね。
とレミアが言うので、シンプルなのでね。
と答えた。
 たしかにシンプルはシンプルだったが、施された刺繍があまりにも美麗すぎてクラクラする。
「人様に作ってもらったものに文句言わないの」

 胸元と裾に、レミアが三週間かけて手がけた銀の刺繍があるため、見た目はジェリナが普段着ているようなドレスと大差無いのだが、それのせいで立派にウエディングドレスに見えてしまっている。
「さらに、ネックレスとティアラもあるんだから!」

 引出しから、大事にしまっていたアクセサリーを取り出す。
 プラチナや銀やダイヤなどをかき集め、これでもかと言うくらいの出来に仕上げたレミアの傑作である。
「目立つの好きじゃないのに」

「私の兄様を取っちゃうんですもの。
これくらいは、やってもらわなくては」

 渋々、レミアに手伝ってもらいながらもドレスに袖を通し、ネックレスを嵌めた。
似合うわよと少し嫌味っぽくレミアが口にする。
「これで終わり?」

「まだまだ。
座って」

 レミアはイスへ座るように促す。
机に並べられた化粧水やパウダー、頬紅や口紅達がこれからを物語っている。
 逃げる時間は無かった。
「兄様。
今日を泣いて喜んでたわよ。
あなたの顔が見られるって」

 頬紅がジェリナの頬へと塗られていく。
 思えば、化粧なんて初めてかもしれない。
「そんな、喜ばれる顔じゃないわ」

「キスされて、恥ずかしさのあまり条件を付けたそうね。
 兄様、酔い潰して聞いちゃった」

「ぐっ」

「それくらいで恥ずかしがってたら、これからどうするの?」

「どうするって、知らない」

「頬にキスくらいで反応してたら、困るわよ。
早く叔母さんになりたいわ」

 つまりそれは、つまりそういうことだった。
 反論することも出来ず、ジェリナは赤くなっていく顔を押さえた。
 プロポーズされてからというもの、二人きりの時間が長くなり、また回りも二人きりにさせていた。
 肌を寄せ合い、お互いのことを話す。
 なんでそんなに気軽に出来たんだろうと、いまさら後悔。
 もう、真っ直ぐにあの赤い瞳を見つめることが出来ないし、肩を抱かれたりしたら逃げ出してしまうだろう。
 ちょっと前は、ふざけて抱きしめたりもしていた。
 あんな風な関係にはもう戻れない。
 花が撒かれていく。
 厳粛な空気と音楽の中に、幸福感のオーラが溢れていた。
 人々は、神殿に集い。
歌い、笑い、そして拍手で若い二人を出迎える。
 レミアに連れられて、ジェリナはヴァージンロードを歩んだ。
 羨望のまなざしが彼女に向けられる。
 純白に銀の刺繍をあしらったシンプルなドレス。
 ジェリナは恥ずかしさのあまり目を閉じていた。
大丈夫とレミアが囁く。
 式場の中央にある壇上では、ジェリナと対のタキシードで彩られたシェリグリティーが微笑む。
   ポンと二人の背中を押し、レミアは笑った。
 そして照れながらも指輪の交換を済ませ、熱いキスを交わす。
 はずだった。
 そいつは、黒い槍を壇上の二人に放った。
 危険を察したシェリグリティがジェリナを突き飛ばし、彼が槍を抱きとめる。
 金切り声が響く。
 そして、それはそこに居た人々へと感染していき、徐々に恐怖が支配した。
 レミアはショートソードを取り出し、突如現れた黒い兵士を切り裂く。
 手ごたえは無かった。
霧を裂くかのようにソードは兵士をすり抜け、レミアの喉元へと迫る。
慌ててソードを持ち直すと、レミアを避けるかのように兵士は左右に分かれた。
 人が消えていく。
 そんな光景を黙って見るしかなかった。
「悪鬼」

 噂には聞いていた。
 死んでも現界に昇れない、悪しき心を持ってしまった魂。
 それは、意志を持たない黒い物体だと。
「だからって、何もこんな時に」

 レミアは唇を噛み締めた。
 結婚式に帯刀をするものはいない。
 唯一、昔から自決用にと持たせられていたレミアだけが応戦できた。
 狙っていたのかもしれない。
機会を。
 レミアは悪鬼が笑っているように見えた。
 一つの塊になっていた悪鬼は、人々を取り込んで大きくなっていき分裂する。
 そして、シャワーのように黒い雨が降り注ぐ。
「どうして?」

 ジェリナは遺骸を見つめながら泣いていた。
 何も出来ない自分。
 槍に気付かない自分。
 シェリグリティは私をかばって死んだ。
 私のせい。
ワタシノセイ。
 私が弱いから、死んだ。
死んでしまったんだ。
「アンジェリナァァァァ!!」

 黒い物体に取り込まれながらもレミアは叫んだ。
 呼吸がだんだんと激しくなっていく。
「逃げなさい!  あなたがいなくなったら、現界の民はどうなるの?  王たるものとして、あなたは生きなければならない。
早く逃げて!!」

 ジェリナは笑った。
 頭に様々な言葉が去来し、そして弾けて消えていく。
 ジェリナは笑う。
 このまま発狂して死ねたら、どんなに楽だろうか。
 始めて会った時。
 そう、始めて会った時から彼の赤い瞳に惹かれていた。
 どこか懐かしいような、何かを思い出させるような美しい赤。
 緩やかな物腰と、穏やかな性格。
それでいて、物事をはっきりと受け止めて離さない。
 あの人の強さが好きだった。
 シェリグリティさえ居てくれれば良かった。
 まだ、名前で呼んだことも無いのに。
「アンジェリナ?」

   ゆっくりと、ジェリナはシェリグリティ指輪を外す。
 それを自分の薬指にはめて、レミアの方に歩み寄る。
「剣を貸して、レミア」

「ふざけないで!!」

 レミアは力強く差し出されたジェリナの手を振り払う。
 うっすらと、払った手には血がにじんでいる。
「死ぬつもり? 心中なんて許さない! 兄様がそれを望んでいると言うの?  私は、私は知っている。
現界で死んだもの達は、魂も残らずに消滅するのよ、ジェリナ。
あなたが死んで何になるというの? 今あなたが死んでも兄様のところには行けないのよ!!」

  「分かっ、てる」

「それなら、責任を取りなさい! あなたは一国の主なのよ。
残った民をまとめられるのは、神であるあなたしかいない。
あなたが今やるべきことは、私達兄妹の別れを惜しんでいる事でなく、ここら逃げ延びて生きる事。
あなたはまだまだ、必要とされているの! 見なさい! 悪鬼達はあなたを取り込もうと迫っているわ。
あなたがするのはここに残ること?」

 後ろには悪鬼が迫っている。
 それは、ジェリナにもよく分かることだった。
 彼女を取り込んだら、それは悪鬼に絶大な力をもたらすことになる。
 このまま、逃げたら彼女を残すことになる。
「私の事はいいの。
もう、身体の自由が利かなくなっている。
式典用の鎧を着ていたからね、あなたと私は穢れを清めていたから悪鬼も近づきにくかったんだろうけど・・」

 だんだんと、レミアの意識は途絶えていく。
 そうゆっくりと、ゆっくりとだが悪鬼はレミアの意識を蝕んでいた。
 薄れゆく意識の中で、ジェリナが金色の淡い光に包まれていくのをレミアは感じた。
「そう、それでいい」

 力の解放と共に轟音が巻き起こり、神殿は破壊されていく。
「ア、ンジェリナ、元気、で・・・・」

 そこには、レミアの姿もシェリグリティの姿も無かった。
 悪鬼も、神殿に居た住民も居なかった。
 花の香り漂っていた室内は人の焼ける香りに変わり、廃墟となった神殿には、ただジェリナの姿があるばかりだった。
「いや、呼ばないで。それは私の名前じゃない」

 ジェリナは泣いていた。
 何も出来ずにいた自分を悔やみながら。
 両手の結婚指輪が光る。
形見と呼ぶには悲しい指輪が。
「・・・姉さま」

 動かぬ身体を奮い起こし、どうにかここまでやって来た妹の手をジェリナは振り払う。
 そして、廃墟となった神殿を見て、ファルは何も言えなくなり腰を落とした。
 妹の身体から生気が抜けていくのにもジェリナは気付かなかった。
「アンジェリナ」

「あなたは誰? それは、私の名前なの。
違う、名前じゃないわ!」

 赤い霊気がアンジェリナの髪を撫で下ろし、そして去っていった。
「管理は、私がやるわ」

 無理をして身体を動かしたため、ファルは培養液につかることになった。
   個体として弱いファルは、細胞の劣化が激しい。
 そんな彼女の事なんて気にもせず、ジェリナは眠り続けた。
 何もせず、何も考えないで眠り姫のように。
 ジェリナはファルの事も、現界の事も、イルヴァ兄妹の事も忘れて眠ってしまった。
頬の温か味だけが、彼女の生存の証。
 横たわるだけで、言葉をかけても返っては来ない。
  「目が、覚める事もあるわよね。
私の肉親、たった一人の姉」

 ファルはジェリナを残し、現界の政治の枠へと入っていく。
 多くの人が死に、そしてそれは世界に混乱を招いた。
 これからは一人で戦わなくてはならない。
 彼女を知る者は自分しか居ない。
自分を知っている者は彼女しか居ない。
「私一人、でも一人ではない」

 壊れかけた身体を支え、一歩ずつ姉が治めていた城へと歩んでいく。
 遠くで、精霊達の嘆きが聞こえた。
 彼女が目覚める事はある。
 そう、それは遠い未来。
 現界の試験に合格した赤い髪の青年が訪れる時。
 眩暈がするほど長く、そして短い時。
 何千という年月を経て、姉妹は再会する。
 互いに胸の傷を秘め、それを気付かずそれを知り。
 出会いは衝撃そして別れを感じる。
 ちりりとどこかで鈴の音が鳴った。
終わり

   


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